税理士が当事者となった最近の訴訟事例 ~その3~
2017/08/23
(1)事案の概要
本件は、被告Y税理士法人の社員であった原告税理士Xが、税理士法人Yに対し、合意書に基づき、退職慰労金2,000万円の残金1000万円の支払い、出資持分500万円の払戻しを求めた事案です。
税理士法人Yは、A会計事務所を経営するA税理士が、税理士業務禁止処分を受ける見込みとなったことから、その顧問先・従業員を保護するための承継先として、X税理士が他の税理士とともに設立した法人でした。Y税理士法人は、Aが個人で所有する建物を賃借して営業しており、その賃料は、A会計事務所からの営業譲渡代金を含めて月額250万円でした。
Y税理士法人は初年度から赤字であり、X税理士は、その一因がAに対する高額な賃料にあると考え、引き下げの依頼をしましたが、Aがこれに応じなかったため、のちに税理士XとAとの対立は決定的なものとなり、XがY税理士法人から脱退することになりました。
その際、税理士Xは、税理士法人Yの他の社員や、Aとの間で、合意書を締結しました。その合意書には、「Y税理士法人の平成26年8月末日の赤字累積額(Xに対する退職慰労金を含む)の解消については、Aの負担で平成26年9月末日までに行う」との条項(本件条項)が含まれており、本件ではその有効性が問題となりました。裁判所は、本件条項は有効であるとして、X税理士の請求を認めました。
(2)裁判所の判断
①合意書条項の有効性(肯定)
Y税理士法人は、上記合意書の本件条項について、税理士業務禁止処分中のAにY税理士法人の赤字累積額の填補責任を負わせることは、税理士法や国税局税理士監理官の指示事項に反すると主張し、これらを前提として、上記填補責任を定めた本件条項は、公序良俗違反、錯誤、実現不可能により無効である旨主張していました。
これに対し、裁判所は、まず、「税理士法には税理士業務禁止処分中の者が税理士法人の赤字を填補することを禁じる旨の明文の定めはないものの、税理士法人の社員の資格が税理士に限定されていることに照らせば、税理士業務禁止処分中の者が税理士法人に対して実質的に出資と同視し得る行為を行い、当該法人の経営に実質的な影響を及ぼすことは、税理士法48条の4第1項の趣旨に照らし許されないというべきである」と述べました。
その上で、本件について検討すると、本件条項が設けられた趣旨は、「Y税理士法人を設立してA会計事務所を実質的に承継したXが、Aとの対立を理由にY税理士法人の社員を辞任することになったことから、Xに対する退職慰労金及び出資金の払戻しを可能とするため、その辞任の原因となったAに対してY税理士法人の赤字累積額の填補責任を負わせることにあったものと認められる」。
また、「その赤字填補の方法は、必ずしもAが直接的に資金を拠出するという方法のみが想定されていたわけではなく、Aの責任において新たにY税理士法人の社員を募って同社員からY税理士法人に出資してもらうという方法や、AがY税理士法人から受領している賃料を引き下げたり、Y税理士法人の新規顧客の開拓を積極的に支援することなどによってY税理士法人の財務状況を改善するという方法等も想定されていたことが認められる」とし、このように、本件条項が設けられた経緯及び趣旨、想定されていた赤字填補の方法等に照らせば、本件条項によってAに赤字累積額の填補責任を負わせることがY税理士法人に対する実質的な出資と同視できるとはいえず、これによってAがY税理士法人の経営を実質的に支配することにもならないというべきであるとして、本件条項は、税理士法に反せず、有効であると判断しました。
解説/内田久美子 弁護士